2019年5月26日日曜日

飯を食わねど漫画読む

ここ最近で、いつになくたくさんの漫画を読んでいる。


職場と家とを行ったり来たり。
その間や、魔が差した時には小説を開く。次にどんな映画やらアニメやらを見ようかぽやぽや。
ふらりとダーツを投げてスコアに首を傾げる。
賽の河原か、アイドルマスターは「デレステ」ことシンデレラガールズスターライトステージと、「おシャニ」ことシャイニーカラーズを、石を積むようにひたすら反復作業。
いつもどおり文章を書きまくって、雑念や私事はTwitterにつれづれなるままに。
そこそこのヘッドフォンから流れ続ける音楽を耳から離さず、煙草をぷかぷかしては、ガラゴロ立ち並ぶリキュールたちを眺めながら次の一杯を模索する。


…んー。日常。ザ・日常。
どこにでもいそうな人間の、どこでもありそうな日常風景の寄せ集め。
進歩なし変化なし、まっ平らな毎日。

というわけでもない、といえばそうだ。

原稿も書けば進むし進捗は悪くない。
読んでいる小説は面白い。たまに見る映画もだいたい面白い。
アイマスでもレベルやら経験値やら貯まるものは貯まる。
聞いている音楽だって心地良いし、煙草も酒も美味い。


が、やはりニンゲン。
同じことばかりを繰り返すとメンタル的なものが澱んでいくのか、
あるいは習慣付けられた風景の外を見れないと諦めてしまうのか、
好奇心やら感性のどこかが、ぷちぷちと小気味よく潰れていく。

簡単に言えば飽きるのである。同じことばっかりだと。
それでも強引に押し進めようとすれば、濁りきったアレコレが自我を形成する何かまで浸潤してくる。

下手に変化を望もうとして、できもしないことを始めたり、奇行に走ったりして、
最終的に・傍目からして:自傷行為とさえ見える行動ばかりすることとなる……………………んじゃないかと思っている。


というわけで、浸潤される前に新しい風を心に吹かせなければ、と思い立って始めたのが、漫画を読むこと。

実のところ、アニメやら映画やらはたくさん見ている自覚があるのだが、
ゲームに至っては人並みにすらできないし、初期投資の金がかかる割に、消耗する時間が多すぎる。
じゃあ、サクッと進められて、今までと違うものは……?

と行き着いたのが漫画だった。

人並みには読んできたはずだが、確かに最近、あまり「新しいタイトルを開く」ということをしていなかった。

ありがとうTSUTAYA。おかげで本棚と財布の心配をしないでガンガン読み進められる。


…………前置きが長い。


ともあれ、そんなこんなで今まで読んできたタイトルの中で、面白いものはたくさんあるが、気になったものはまた別のもの。

『ひとりで飲めるもん!』コナリミサト
https://www.amazon.co.jp/dp/483223658X/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_ewD6CbJ3BTH3A

単刊で、最近出たばかり。

ざっくり概要は「仕事に疲れた女性が、近所や帰り道のチェーン店で飯を食って酒を飲んで、リフレッシュ! 明日からも頑張ろう!」である。

毎話これを繰り返すだけで一冊が終わっている。
たらーっとほわほわーっと読み進めるためなのか、絵柄も柔らかくて、力を張らないといけないと思うような部分がない。
なるほどそういう作りなのか、と第一話で悟らされる造りの妙。

ならば郷に従おうとばかりに、たらーっとほわほわーっと読み進み、ほわぁっとした読後感が残った。
もはや主人公の名前すら覚えていない。むんっ!

すごい。
「それでも面白かったんだ」と言いたい自分がいることに。


――なんでだろうね? というのが今回の本題である。


類似作品というか、自分の読んだ限りで似たコンセプト:「毎話飯を食うか酒を呑むかすることがメインの漫画」をピックアップすると、


『孤独のグルメ』久住 昌之
https://www.amazon.co.jp/dp/459405644X/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_spD6CbXBCW2SQ

『お酒は夫婦になってから』クリスタルな洋介
https://www.amazon.co.jp/dp/4091872506/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_atD6Cb8DP702J

『IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS After 20』半二合https://www.amazon.co.jp/dp/4065119006/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_suD6Cb082798R

おい最後お前サラっとアイマスねじ込むんじゃねぇ、と石を投げるのはやめてくれ。
実際そうなんだ。

読み始めた理由は、間違いなく、アイマスだから、だけど。


――閑話休題

このテの作品は最近確かに増えてきているな、と思ったのは、週TVアニメ『たくのみ』の放映時期だ。そういえば原作は漫画だった。

当時ルームシェアをしていた同居人たちが、毎週このアニメを楽しみにしており、
新しい話が放送されるとそれを1日1回見て、次の話までには合計7回ずつ見ているという異様なハマりっぷりを見せていた。


ちなみに、そんなジャンルにトピックした記事を読んでいたことも思い出した。
少し趣旨は違うけれども。
https://style.nikkei.com/article/DGXKZO18093240W7A620C1BE0P01?channel=DF280120166618&n_cid=LMNST011


一体全体、何が面白いんじゃ? というのは『ひとりで飲めるもん!』を読んで気づいた。

自分たちと同じような、どこにでもありそうなライフスタイルと、もたらされる疲労。
そういう「ありふれた」感を、それこそ退勤打刻を切った後の、脱力しきった恍惚さを伴って、読者に寄り添っていながら…

飯が美味い酒が美味い、と日々を生きている自分たちの、ともすれば理想的な人生の楽しみ方をしているのだ。


かつて自分は、(そして今もたまに)飯を食うことが非常に億劫でならなくて、栄養失調になったことが何度かある。

長~い前置きの中で、日常に飽きると自傷行為に走ってしまうとさえ自分は言ったが、
澱みきった生活をしているニンゲンになると、飯を食うことさえ億劫になることが、ままある。

飯を食うことに対する感動体験すら、薄れてしまっている。と表現すればいいのだろうか。

味はわかる。甘いとか苦いとか辛いとか酸っぱいとか。

だが最終的な……美味いかどうか/「美味い!」と言える自分かどうか――というのは、また別の話だ。

そこの判断力や、判断するための自分さえいなくなってしまうことがあり……
食事が単なる栄養補給だけになり……
相対的な価値が、他の何かに劣り……
最終的には、食事が億劫になる。

たぶん、このような体験をしているのは自分だけではないだろう。

自分は煙草に逃げ、酒に逃げ、を繰り返したが、
そう煙草の銘柄だとかカクテルの種類だとかを調べだすほど、カッコつけたがりな人は多くない。

だが自分でさえも、逃げたところで結局、
食事と向き合わなければ(=ちゃんと食わなければ)駄目なのだ。仕事中に倒れて迷惑かけるから。

すると、逃げることのできない人は……
無邪気なまでに飯が・酒が、美味い、と喜べないんじゃないか? と思っている。

違っていたら申し訳ない。


だがそう解釈すると、このテの漫画が流行りだした理由も、わかってくる。

退勤後の脱力感……その後に待っている。食や酒。

それを喜んでいる姿は、決して「自分にできないこと」ではないから、
仮託されたカタルシスや、代替行為としての解消ではない。

本来忘れていた感情を、ふと思い出す……「実家のような安心感」であり、懐かしく温かい気持ちだ。
同時に、そのキャラクターの無邪気さを楽しむことでもある。

じんわりと響いてくるのだから、帰りの電車内でほわぁっと読み進めて、顔をほころばせてしまうのも、無理はない。


「物語にはテーマを!」や「ストーリー! 展開!」など言っていた自分には、到底考えられなかった概念だった。

たぶん他の人はすでに気づいているのだろうが、とにかく文章にまとめたくてそうした。

許せ。


……というわけで、これから『くーねるまるた』を読みます。

https://www.amazon.co.jp/dp/4091848478/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_NxD6CbNGQWEZX

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